第九章：自分だけの影

　それから一年が経った。

　夕夏と柊は、目黒の小さなマンションで暮らしていた。二人とも忙しく、朝は別々に出かけ、夜は一緒に食事を作る。

　完璧な関係ではない。時には喧嘩もするし、意見が合わないこともある。しかし、互いを尊重し、支え合っている。

　夕夏の事業は、さらに成長していた。従業員を三人雇い、オフィスも広い場所に移転した。

　しかし、夕夏が最も力を入れているのは、新しいプロジェクトだった。

　それは、「Rebirth Design」というNPO活動だった。DVや詐欺の被害に遭った女性たちに、デザインスキルを教え、経済的自立を支援するプログラム。

　夕夏自身が講師を務め、Illustrator、Photoshop、Webデザインの基礎を教えている。

「デザインは、ただの技術じゃありません。自分を表現する手段です。そして、それで生きていくことができます」

　教室で、夕夏は受講生たちに語りかける。

　受講生は、様々な背景を持つ女性たちだった。夫のDVから逃れてきた人。恋人に財産を奪われた人。家族に裏切られた人。

　みんな、深い傷を抱えている。しかし、同時に、前を向こうとしている。

　ある日、一人の受講生が夕夏に言った。

「先生、私、もう一度人を信じられると思いますか？」

　夕夏は、微笑んだ。

「信じることは、リスクです。でも、信じないことは、もっと大きな損失です。人生から、可能性を奪ってしまうから」

「でも、また裏切られたら……」

「その時は、また立ち上がればいいんです。私たちは、それができる強さを持っています」

　受講生の目に、希望の光が灯った。

　夕夏は、このプロジェクトを通じて、自分自身も癒されていることに気づいた。

　他人を助けることで、自分も救われる。

　それが、本当の回復なのかもしれない。

　五月のある日、夕夏は一通の手紙を受け取った。

　送り主は、慎一郎だった。

「夕夏へ 突然の手紙、驚いたことでしょう。